監査 × AI の最前線を語る PwC Japan有限責任監査法人 伊藤公一様
「AI 時代の会計士の価値」と「これからの監査」

近年、AIの発展はめざましく、日常はもちろん、監査の場面でもAIが使われ始めようとしています。AIが台頭することによって、アソシエイトの仕事は無くなる可能性があるとまで言われている昨今、会計士としてどんなスキルが必要なのか、そもそもAIはどの程度仕事を代替する可能性があるのか、不安に思う方も多いでしょう。そこで、今回は、AI監査の最前線にいらっしゃる伊藤公一さんに、会計士の価値・これからの監査について語っていただきました。
まずは、ご自身がAI監査研究所の所長になったきっかけを教えてください
私は今、AI監査研究所所長という立場にいますが、デジタルの素養があったわけでも、理系出身でもなく、システム監査の経験もありませんでした。2006年に会計士試験に合格し、あらた監査法人(現在、PwC Japan有限責任監査法人)に入所しました。金融部門に配属され、10年ほど保険会社の監査を担当していましたが、前処理や作業に時間がかかり、監査の本当に重要なところに時間を使えていないという課題意識はずっと持っていました。監査の本質は、監査戦略の立案もさることながら、「良いか悪いか検討する」「白黒はっきりせずに悩む事象をどう扱うか」といった判断にあると考えています。そういった監査を進める中で生じた判断する部分に時間をもっと使うべきだと考えていました。その後、法人の経営企画部門へ異動し、そこでデジタルやAIを導入するチームの立ち上げに関わったこともあり、AI監査研究所に所属することになり、その後現在の所長職に就きました。一方で監査業務にも関与しており、監査とAI推進を半々で担当しています。また、監査業界全体の変革やDXにも貢献したいという思いから、日本公認会計士協会 テクノロジー委員会 未来の監査専門委員会の専門委員長なども務めています。
現在、監査のどの領域でAIが活用されているのでしょうか?
生成AIが普及する前は、例えば過去の財務諸表を学習させて異常を見分けるような不正検知のAIを開発しましたが、専門チームにデータを渡してAIを回してもらい、結果を受け取るような流れでした。それが今では、生成AIの登場で誰でも簡単にAIを使えるようになりました。チャット形式で生成AIに指示ができたり、データ投入したりすることも簡単にできます。特に生成AIは文章を扱うのが得意なので、各監査事務所のルールによりますが、監査計画において業界データや公開情報を分析し、要約させるといった使い方もできます。実証手続であれば、証憑を読み取って明細と突合させることも可能です。もちろん、AIは完璧というわけでは無く、人間のレビューやフォローアップが必要にはなります。それでも一から人間が作業するよりもはるかに効率的ですし、エラーや異常があった際の検討に、より時間が割けるようになったと感じています。
直近1年の変化は何でしたか?
やはり生成AIが一番の変化だと思います。その中でも特にAIエージェントという機能は大きなインパクトがありました。通常の生成AIはチャット形式での一問一答が基本ですが、AIエージェントは、大まかなタスクとデータを伝えるだけで、自動的にプランを立て、そのプラン通りに実行し、途中でうまくいかない点があれば修正して結果を出してくれます。これは監査のやり方を大きく変えられる可能性がありますね。AIエージェントであれば、監査手続の一連の流れを自動化でき、監査の品質向上が期待できます。また、監査では様々なチェックの項目がありますが、全ての監査人が全てを網羅できるとは限りません。今は上位者のレビューでカバーしていますが、レビュー前にAIエージェントを使うことで、人間では見落としがちな点に気づける可能性があります。若手スタッフにとっては、AIエージェントが示した自分では気づかなかったポイントを認識する機会となり、学びにつながるはずです。大会社になると、仕訳データが何万行、何十万行と増え、さらに過去数年と比較してどのような傾向があるかなどは、とても人間の目では追い切れません。それが生成AIによって、専門チームに頼らずとも、各自で分析できる。デジタル化へのハードルが本当に低くなりました。
AIの規制が強く、自由に使えないとの意見もありますが、どうお考えでしょうか?
誰でも使いやすくなった一方で、情報セキュリティやハルシネーション(生成AIが事実に基づかない情報を生成する現象)等には気をつける必要があります。所属する組織のルールを守り、一人ひとりが情報管理を徹底しないと、万が一の失敗が起きた場合に、個人や法人だけでなく、業界全体の信頼に関わります。厳しいことを言うようですが、会計士・監査の信頼性を守るためにも大事なことになります。確かに、「自由に使わせてほしい」という声も理解できますが、リスクを考えれば、決められたルールの中で活用していくことが何より重要だと考えています。
近い将来の展望を教えてください。
生成AIやAIエージェントについて説明してきましたが、すぐに監査の現場が激変するかというとそうではないと考えます。我々会計士がデータの使い方を変えていく必要がありますし、クライアントの協力も不可欠です。例えば、紙資料がない企業もありますが、まだ紙ベースで管理している企業も多いです。どんなに進歩したAIがあっても、データが整っていないと会計士はAIを十分に活かせません。とはいえ、世の中の流れとしてデジタル化・AI化が進んでいくことは明らかですので、いずれはデータが整っていくと考えます。人員構成という意味では、AIエージェントが作業を担うようになれば、その分の人員は減るかもしれません。しかし一方で、AIを使用することで今まで気づかなかった論点が見つかる可能性もあります。その場合は、AIが検出した事項を深く検討する作業が増加すると見込んでいます。つまり、人員が減る領域もあれば増える領域もあり、現段階では単純に「人員が削減される」とは言い切れません。
さらに先の話になると、継続的監査のような方向に進んでいくのではと考えます。クライアントのシステムと監査法人のシステムが連携できるようになれば、データを継続的に受け取れるようになり、四半期ごとではなく、もっと短いスパンで監査手続が実施できます。それはクライアントにとってもメリットです。間違いがあった場合に早い段階で気づき、影響が大きくなる前に是正できますし、付随する論点の検討も素早く取りかかれます。
AI時代に求められる会計士のスキルとは何でしょうか?
今までは、会計・監査、クライアントのビジネスの知識が求められていましたが、加えてAIやテクノロジー関連のスキルが外せないものとなります。AIへの過度な期待や誤用を避けるためのリテラシーは、もはや必須です。また、どんなデータを用いてAIに分析させるのが適切か、クライアントのビジネスを理解した上で「この会社にはこのデータがあるはず」「このデータを用いて検証しよう」と道筋を考えるデータリテラシーも必要です。さらにコミュニケーション力も重要ですね。AIが分析した結果をそのままクライアントに見せても、必ずしも理解できるものではありません。専門家ではないクライアントに対して分かりやすく説明し、かつ本質的な課題解決につなげる力が求められます。
生成AIによって分析しやすい環境が整ってきているので、試すことで多くの発見があるはずです。上司が気づいていないことに気づく可能性もありますし、問題提起をすることで新たなリスクに気づくきっかけにもなります。AIはあくまでアシスタントです。最終的に良悪の判断をするのは自分であり、AIに頼りすぎて監査での判断力が低下しないように気をつける必要があります。AIの回答を鵜呑みにせず、「自分はどう考えるか」「本当に正しいのか、間違いなのか」を考える。そのプロセスが監査人としてのスキルアップにつながると思います。生成AIの利用によって自分で考える力が揺らぐことに警鐘を鳴らす人もいますが、むしろAIが出してくる情報からどれだけ深く読み取ることができるか、「なぜ?」という疑問を持てるかが重要です。
若手会計士へのメッセージをお願いします。
特に言いたいことは、新しいツールやテクノロジーをとにかく使ってほしい、です。最初は慣れなかったり、面倒だと思ったりすると思いますが、まずは好奇心を持って試してみることです。今の生成AIは性能が高く、使いこなせれば便利で、多くの業務で役に立ちます。また、AIによる業務の高度化・効率化は、もはや社会全体の潮流となっています。このような状況下で、監査業務においてAIを活用しないことは、それ自体が新たなリスクとなり得ます。さらに将来的には、クライアントが利用するAIそのものが監査対象となるでしょう。その際、監査人がAIへの深い知見を持たなければ、監査上のリスクを網羅的に評価することは不可能です。
「AIで業務を変革する」と聞くと、何か壮大で難しいことのように感じるかもしれません。しかし、テクノロジーやAIを使うことに限らず、新しいチャレンジは、必ずしも最初から大きなものである必要はありません。まずは普段の業務の中で、前期の監査調書を少し効率化してみる、資料の作り方に工夫を凝らしてみる、といった小さな改善から始めることができます。AIも、そうした改善を実現するための強力な選択肢の一つに過ぎません。大切なのは、現状を当たり前とせず、「なぜこの監査手続が必要なのか」「この作業で本当に十分なのか」と、物事の本質を問う姿勢です。皆さんは難関である会計士試験を乗り越えた、その思考力をお持ちのはずです。これからAIの利用が当たり前になれば、その問いの対象がAIに変わるだけです。「なぜAIはこの判断をしたのか」と本質を問う力こそが、AI時代に不可欠なスキルとなります。その小さな問いと挑戦の積み重ねが、ご自身の成長と業務変革につながります。まずは一歩、新しいことに踏み出してみてください。
伊藤公一さん
PwC Japan有限責任監査法人 パートナー AI監査研究所所長
PwC Japan有限責任監査法人内の経歴
2006年に公認会計士試験合格後、あらた監査法人(当時)に入所、金融部門に所属。
15年以上の保険会社に対する会計監査業務経験(日本基準、米国SEC基準、IFRS基準)を有し、会計アドバイザリーや企業再編処理のアドバイザリー業務、業務プロセス改革のコンサルティング業務などにも従事。
2016年に設立されたAI監査研究所において、監査業務における人工知能技術の利用について研究・開発に携わる。2024年7月にAI監査研究所所長に就任。
現在も会計監査業務に従事しながら、DX企画室において、次世代の監査業務に向けて人工知能(AI)をはじめとするテクノロジーを用いた監査業務の変革を進めている。
