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◆特別インタビュー ~瞳みのる(ひとみみのる)氏~

2014年11月1日

本名:人見豊(ひとみみのる)

1946年京都市生まれ。1967年から71年までGSザ・タイガースのドラマーとして活動。解散後は慶應義塾大学に入学、同大大学院にて修士号

取得。その後は慶應義塾高校で教鞭を執る傍ら、中国文学の研究を続ける。1981年から2年間北京大学に留学。2011年芸能界に復帰。2014年、オリジナルバンドと共に全国20か所でライブツアーを敢行した。2015年初頭に、プロデュース・出演する芝居「仲麻呂と楊貴妃」を、東京・大阪・名古屋にて上演予定。

今回の広報インタビューでは、ドラマーで元慶應義塾高等学校教諭でもある瞳みのるさん(本名:人見豊)にさせていただきました。

タイガースのドラマーとしての瞳みのるさん、慶應義塾高等学校の教師としての人見さん。

どちらの世界でも多大なる影響と実績を残されたその生き様に迫らせていただきました。

 

 

Q:人見さんは芸能界にデビューされ、一躍トップスターとなられました。しかし人気絶頂期に引退され、その後は教師という世界に入って行かれました。ここでも中国語教育に多大なる影響を与えられました。そして定年を間近に芸能界に戻っていかれました。このようにいつまでも夢を忘れないためにはどうしたらよいのかでしょうか。

 

人見さん:ぼくは夢を「実現できない空想ではなく、現実のなか格闘していく自分の望み」と捉えています。百川海に注ぐっていうか、いろいろなことがひとつの傍流から本流のほうに行く、亜流から本流に行くというように、それは「自分の手を広げたところがどんどん、どんどんと、ここだ!というところに帰結する」という感じです。時に迷うことはありますけれども、自分がこうありたいと思う姿勢だけは失わないで願い続けるのです。

ちょっと疲れた時には回復するまで待っていればいいのです。ぼくはね、よく鏡に向かって、「お前そんなんじゃだめじゃないか」って自分に言い聞かせるんですよね。「もっとがんばらなきゃだめじゃないか」って。そうすれば、自ずとなんか自分が目指している道っていうものが見つかってくるような気がします。その道だけはこうありたいと思っていれば、実現できますよね。

可能性があるということは、最後にゼロで終るんじゃなかったら、つまり最後に1でもあれば、それは実現できるというふうに考えるんです。音楽の世界はそうです。多分1,000人いれば、999人は成功しないです。1人が成功するのです。その可能性は0ではない。その可能性を追求したら、そのうち999人が自分の味方になってくれるわけですよね。みんな戻ってくる。でもその999人がどこか行っちゃったら、多分その1はないと思います。

競馬なんかやっても、ぼくは一番確率の低いものを買います。そして一年間買い続ける。そうすると天候が悪くて、前日に雪が降ったりして、重馬場で、もう大波乱が起こるわけです。入らないと思われたものが入るんですね。2カ月ぐらい買い続けたら、ちょうど大雪が降って、そういうことがありました。「虎穴に入らずん虎子を得ず」という言葉があるじゃないですか。やはり危険を冒さないと大きな成果というのは得られないわけですよね。ぼくは自分の人生を、確率は低くてもやりたいことに賭けたのですね。危険だとは思わなかったけれども賭けて、それがうまく当たったというわけです。

 

Q:常に人見さんは興味を持ち続ける秘訣とかはあるのでしょうか。

 

人見さん:一昨日、築地で居酒屋に行ったんですよ。帰り出てきたら、歩道の中央に靴が1足置いてあるんですね。まだ新品なんだよね。そんな使い古したものじゃないわけです。普通、屋上から飛び降りるのだったら屋上に置くのだろうに、なんでこんなところに置いてあるのだろうなと思って。そいう風になんでだろうなと思ったり、写真を撮って、それ今度自分自身のブログに出して、「まあ世の中変わったことがあるよね」みたいな、そういう好奇心、そういう興味、それがおもしろいですね。そういうのが仕事に生きていくんじゃないかと思って。通り過ぎないで「ちょっと待てよ」みたいな、そういうおもしろさですね。そういう好奇心っていうのは感じない人はやっぱり感じないし、通り過ぎちゃうんですよね。だけど、それが「どうしてこんなところにこんなものがあるんだろう、おかしいな」と思う。それがたまらなく楽しいですね。そういう思う気持ちが楽しい。ステージで何かやった時に、これやったらおもしろいだろうな、授業やった時にこう言ったら生徒たち喜ぶだろうなと思いながら授業やってたわけですよ。同じことなんですよ、寝てる生徒ばっかりだったから(笑)、起きてくれるだろうかっていうようなね。

 

 

Q:時にはタクシーに乗ってでも自分の目で見に行くと伺いました。例えば、川中島の古戦場に行かれたとか。

 

人見さん:そうですね。自分の仮説を作って、上杉と武田が戦って、なんであんなに河原のところでさ、戦場になったのかなと。彼らは、新潟県と山梨県の人間が戦って、それが信州を戦場にしてるわけでしょ。すごい迷惑な話だよね。日本もそう。日露戦争なんてロシアと戦って、戦った場所は中国なんだよね。中国にえらい迷惑な話だよね。そんなことに対してみんな何も考えないのかなっていう、誰も考えないなら俺考えてみようとか、おもしろいなと思ったりするわけですよ。

 

Q:最後に会計士の若者に対して何かメッセージをお願い致します。

 

人見さん:アグレッシブに戦っていて、まあまあだよね。上流に向かって泳ごうと思って現状維持なんだよね。でも、現状に維持したら、どんどん退化してしまう。だからアグレッシブに戦って、戦って、戦って、戦い抜いて、矢折れ刀尽きて、まだまだギブアップするの早い、それぐらいやらないと。中国語を教えると、生徒は中国語は自分には向いてないとか言うけど、向いてるほどやったの?って。ぼくだって音楽なんて何にも向いてないよ。だけどそれは、「よしやるんだ」という気持ちを持てば、それはそれなりにできるもんで、その気持ちを失わなければ、必ずや実現できる。その気持ちがなかったらやっぱりやめたほうがいい。周り見たらみんなくたびれてるんだよね。そんなに仕事してないのに、なんでこんなにくたびれてるのって。ふと見たらぼくがすごい元気だってわかったわけ。エネルギーっていうのは、なんかもう既に大学受験のところでバーンアウトしてるようなね。だから、ここで言ったら会計士目指して、会計士の資格取っただけで、それでもうお終いみたいなさ。そうじゃないだろう。そこから目指すべき自分のやりたいことがあるわけ。医者だってそうじゃないですか。そんな医者にぼくかかりたくないね。怖いですよ。クライアントは迷惑ですよね。それは会計士だってクライアントに迷惑ですよ。

 そのためには、くだらない仕事にあんまりエネルギーたくさん使っちゃだめなんだよね。自分がやりたい仕事に温存しておかないと。言いたいのは、会計士になったらお終いだというようなことじゃなくて、その先にやらなきゃいけないことがあるよね。その先にやらなきゃいけないことの、まだその先にやらなきゃいけないことがあるわけで。そうしたら、最初にそこでもう終ったら、なんにももう、可能性もないよね。そうしたら、新しい、これまでやったことのないこととか、そういうことを目指して、今度はまた業種が変わっても、そういうエネルギーを持ってできるように、エネルギーを賢く使ったほうがいいですよ。

そのために、だからやっぱりちょっと考えるべきだと思う。人生で何をやらなきゃいけないか、何がやりたいんだっていうね。如何にというのは、如何にもやりようがあるけど、なぜそれがやりたいんだというね、そういうことはやっぱり自分自身で追いかけて、見つけなきゃいけないよね。見つかれば、一生の仕事が見つかったみたいなもんですよ。なぜやるんだって、なぜ?という問いに答えられれば、大丈夫です。如何に?は、いくらでもどうにでもなります。

 

[主な著書]

「ロング・グッバイのあとで ‐ザ・タイガースでピーと呼ばれた男」(集英社)

「中国のエリート高校生日本滞在記」 共編(日本僑報社)

「瞳みのる 老虎再来」(祥伝社)

「ザ・タイガース「花の首飾り」物語」(小学館)

 

[CD、CD+DVD] ~自作の作詞・作曲と歌唱~

復帰記念CD「道・老虎再来」

亡き母へ思いを込めた「一枚の写真・楽しいときは歌おうよ」

日中英詩CD「同学・晩秋」

[公演情報]

「仲麻呂と楊貴妃」公演予定(東京2015/1/28~2/1俳優座劇場、大阪2015/2/5ドーンセンターホール、2015/2/7西文化小劇場、詳細はホームページ http://www.hitomiminoru.com/

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