日本公認会計士協会 準会員会

インタビュー
( JIJAジャーナル・経営者・著名人 )

松井 道夫氏

公認会計士に求めるのは、極めて高度なインテリジェンス

金融庁による「公認会計士制度に関する懇親会」に金融業界の代表としてメンバーに参加された松井氏。実業家として、社長としての精神、そして松井氏が会計士に求めるものに迫りました。

JIJAジャーナル特別インタビュー 松井証券株式会社 代表取締役 松井 道夫氏

■実業家から見た世の中

ビジネスの世界では市場はすべて繋がっています。日本単独市場なんてないのです。法人税率の引き下げについて話題になっていますが、それも大して重要ではありません。水が高いところから低いところに自然に流れるように、市場原則に逆らって我々は生きてはいけません。なぜ日本に本社を置き税金を払わなくてはならないのか、なぜ東京証券取引所に上場する必要があるのかということです。これから様々なものが怒涛のように海外に移っていくでしょう。そういう時代に入っていることに気づかずに商売していたら生き残れません。これまでと全く違う世界を前提に、どうするかを考えなくてはならないのです。一方で、多くの日本企業、特に内需産業に属する企業は大変にドメスティックで、規制に守られたぬるま湯の中で、外界の空気を吸ってはいません。一種の鎖国状態です。これは会計士も同じだと思います。世界に開かれている市場を前提に物事を考えているだろうか?と自分に問いかけて下さい。日本語での『会計』が云々という話はもう終わったのです。しかし、正直私自身もこの先、日々グローバルになって行く世界で、ついていけるか不安で不安で仕方がありません。でも、食らいついていくしかないですよね。

「不安と同棲して生きるのが一番充実した人生」という、私が気に入っている言葉があります。不安と不満は対極です。不満というのは他者に対しての感情です。他力本願で従属的。主体性がないのです。一方、不安は自分に向けられた感情で、自力本願の発想で主体性がある。不満は自分でコントロールできませんが、不安はコントロールできます。不安は極めて前向きで、不満は後ろ向きです。不満からはストレスが生まれますが、不安からは生まれません。不満で人生を送ることは不幸に繋がりますが、不安で人生を送ることは幸福に繋がります。

以前メジャーリーガーのイチローと松井秀喜のインタビューでの受け答えにおもしろい共通点があるのを発見しました。「今年の目標は首位打者・打点王ですか?MVPですか?」と聞かれた時の二人の答えは「考えるだけ無駄」という同じ答えでした。「自分でコントロールできない目標は考えるだけ無駄。自分にできることは、一本でも多くのヒット、ホームランを打つことです」と。

この「自分でコントロールできないことに悩むことは無駄」ということは、様々なことに当てはまります。例えば出世は自分ではコントールできないので、出世で悩むことは無駄です。上司を選べますか?競争相手の能力を左右できますか?要は人事を尽くして天命を待つということしかできないのです。出世は結果であって目標ではありません。

自分でコントロールできるものと、できないものに分けて整理すると、考えはシンプルになると思います。

世の中は自分が意識している以上のスピードで変化しています。世の中が変化しているのであれば、自分も変わらざるをえない。というか、変えざるをえない。その時、世の中が定義したものを自分の中で再定義しなければなりません。現状を疑って問い直すのです。なぜ朝9時に会社に来なくてはならないのだ?ウィークエンドって何だ?考えてみたらおかしいよねと気づくはずです。そんなこと誰が決めたんだとね。時代が変われば、これまでの常識は非常識に、逆に非常識は常識になるのです。主体的に生きるってそういうことでしょう?時代の変化は過酷なものだけに、それに振り回されないぞ、という気概が大事です。

■社長がすべきこと

私は30歳代後半から、社長を実質約20年やっていますが、最近になってやっと社長がどういうものかに気付き始めました。社長の役目は「世の中の流れを読む」ことです。日々のオペレーションの指導や、カイゼンなどは部長クラスがやる仕事です。もちろん、そうしたことは会社運営上不可欠なものですが、世の中の流れを読めず、惰性に陥ったら会社は潰れます。社長に任期などありません。それは副社長以下のマターです。時代を読み間違えたら即刻辞めるべきです。シグナルはその前に出ているはずですから。ミスして「責任を全うするのが社長の務め」は単なる言い訳に過ぎません。実に醜い。代替はいくらでもいるのです。時代は凄まじいスピードで変わっていて、未来への教科書はどこにもありません。強いて言えば歴史にヒントがあります。人間は同じことを繰り返しているのです。たとえば産業革命のような事例をみて、人間の行動パターンを自分なりに咀嚼解釈し、人間はこの先どっちに行くべきか自分で考えて、それを信じて経営に反映させる。商売に落とし込んだ時に何が変わるのだろうかという想像力が問われているのです。産業革命は筋肉を機械に置き換える変化でしたが、今起きている革命は脳の部分、すなわち情報交換にネットワークを使う変化だと認識しています。そういう時代に多角化経営が合わないのは理の当然でしょう?それをしたいなら自身のコアを強化して、ネットワークに如何に入り込むかを優先すべきです。天動説と地動説の話と同様です。自分を中心として天体が回っているという考えから、正反対の自分たちが回っているということに気付いた瞬間に、宇宙観が変わったのと同じです。宇宙観が変わるということは、価値観が変わることなのです。そういうことが今、世の中のそこら中で起きているのです。

松井証券では、以前より人数を減らした結果、現在従業員は100人程度しかいません。規模が大きければ有利であるとは言えないのではないか?むしろ時代の変化に適応するために小回りの利く機動的な組織である方が有利ではないかと思ったのです。

全てのコストを判断するのは顧客です。価格を選ぶことはコストを選ぶことだから。営業にかかるコストを負担することを、本当に顧客は望んでいるのだろうかと想像し、私は思い切ってそれを捨てる決断をしただけなのです。顧客がお金を払うのですから当たり前です。それが商売の原則です。

■監査報酬について

監査法人の報酬はマーケットの中での競争で決めるべきだと思います。ただし、マーケットが判断できれば良いのですが、マーケットが未熟であれば、適切な判断はできません。そして、成熟したマーケットは一朝一夕にはできません。しかし、マーケットを作れないと、量の競争になってしまい、その業界はいずれダメになります。量の競争になって努力しようと思いますか?思わないですよね。

そして、マーケット価格は需給関係で決まるのです。供給者論理で考えていては、商売としては成り立たちません。供給者論理から一刻も早く卒業して、需要者側の論理に立って、物事をみることが重要だと思います。

私は政府の規制改革会議委員として、4年間医療部門の主査をしてきましたが、市場を無視した配給制度の中で医療がどれだけ蛸壺に陥ったかを見てきました。質の競争を排除し両の競争に持ち込んだ結果、患者国民や質の高い医療従事者が犠牲になってきました。医療崩壊は目を覆いたくなるような惨状を呈しています。この制度を創り、制度疲労を起こしているにも拘わらず墨守してきた、官僚を含む既得権益集団は責任を回避していずれ逃げていくでしょう。統制の結末というのはそういうものです。いずれ国民がそのツケを払うことになるのですが、想像を絶する困難が待ち受けています。市場の失敗というのは勿論ありますが、それより遥かに怖く厄介なのは政府の失敗です。所詮、一部のエリートと自称する者たちの人智など知れたものなのです。商売をしている者は皆それを肌で感じています。

監査法人の中に、自分たちは商売人ではないと勘違いしている人は多いと思いますが、これは天動説を頑なに信じ、科学を否定する人達と同類ですね。お布施で生きていこうと覚悟しているなら別ですが、そのうちお布施はなくなるでしょう。誰から日々の糧を得ているのかをよく考えたら、地動説へ宗旨替えすべきだと思いますよ。

■公認会計士に求める能力

私が公認会計士に求めるのは、極めて高度なインテリジェンスです。この先益々企業はそういう人間しか要らなくなります。より「頭」を求めているのです。創造性などの類です。当然より高度な専門性も要求されます。インテリジェンスの中で「専門性」は重要なファクターであり、企業はそういう「頭」に対して報酬を支払います。そして、「頭」には上限がありませんし、企業はその付加価値をどう評価していくのかが重要になります。だから、企業から監査報酬を必要経費と捉えられているようではダメで、公認会計士にはどんどん付加価値を創っていく努力が必要だと思います。付加価値が高ければ、みんないくらでもお金を払ってくれます。

私は株を今まで2回しか買ったことがありません。証券会社で働いているのに株を買ったことがないのはまずいだろうと思い、入社した頃、たまたま目についた自宅の家電メーカーの株を買ったくらいです。つい最近までずっと保有していました。その間にバブルもあり、その崩壊もありました。リーマンショックもありました。いわゆる「行って来い」で儲かってもいませんし、損もしていません。つくづく相場は下手だなと思います。

因みに、創業百年になろうとする老舗証券会社のウチの社訓は「相場は張るな」です。相場の怖さを熟知しているからです。稀代の相場師だった明治4年生まれの創業者の遺言です。義父は二代目で、東京府立一中、東京高校、東大を出た秀才ですが、私が継ぐ前の40年間、嫌で嫌でしかたがなかった社長を戦後ずっとしていました。本当は医者になりたかったみたいです。徹底的な相場嫌いでした。でも市場の生き字引と謂われた人でもありました。2001年に東証第一部に直接上場した際に言われた言葉が「どん底の株価からスタートするのが一番だよ」でした。私は娘婿として彼の後を継いでますが、株を通じてマーケットという意味が分かってきたつもりです。古典派のアダム・スミスの言う「神の見えざる手」を痛感しましたし、「市場のことは市場に聞け」という意味が分からない人が経済に関わってはいけないと思うようになりました。

果たして市場のメカニズムを知らなくて公認会計士ができますか?私自身、様々な経験をしているうちに、マーケットがいかに大切かが分かってきました。そういう視点でやらないと物事の判断ができなくなってしまうのです。マーケットを無視したら、全ての決断ができません。

「あなたにとってマーケットとは?」という問いに答えられない人は、社長の資格はないと思います。本当に商売をしている人は自分なりのマーケット観があるのです。でも正解はありません。それをずっと考え続けることで自分なりのマーケットという定義が徐々にできて、それを軸として物事を判断できるようになるのです。商売をやることはマーケットを探り続けていくことだと思います。

若手会計士へのメッセージ

失われた20年といいますが、そんなことは決してないと思います。私はこんな貴重な20年は無かったのではないかと思っています。何も失われていません。この20年間で日本人の価値観は大きく変わりました。私の息子、娘に「車は欲しいか?」と聞いても「いらない」と答えます。ブランドにも全く興味がない。これまでダサいものの象徴だった、腹巻き、ステテコもファッションに取り入れています。将来の自動車産業がトヨタではなくGOOGLEだというのは我々の世代では違和感がありますが、彼らにはないと思います。GPSで空から車をコントロールできる時代は目の前ですから。旧来型の部品を創ってアセンブルするような産業は既にローテク産業で新興国に任せておけばよいのです。彼らから日本人が半世紀前に経験した「三丁目の夕日」の世界を奪ってはいけない。自動車ではなく他動車を作れないか?車と道はどうして一体化できないのか?そもそも所有することに意味があるのか?地震国の不幸を逆手にとって地下に無尽蔵にあるマグマのエネルギーを使えないのか?これからの若い人達に与えられたテーマはそれこそ無尽蔵にあると思います。

若い人は既成概念を持っていません。自由な感性を持っていて、良いものは良い、人それぞれだという考えで、他人に自分の価値観を強要しない。我々はこの20年間のデフレの中で醸成された「若い人の価値観」に自信を持つべきだと思います。ここから新しい文化、付加価値の芽が出てくるのです。我々はこれを邪魔してはいけない。むしろ我々が作ってきた陳腐化したものを一度全部壊すべきだと思います。創造するのは彼らがやれば良いのです。我々は自分たちで創造しようと思わないで、彼らの感性を信じて、「君たちが創造する為の地盤を僕らで作ってあげる」という気持ちでやりたいなと思います。下を向いている暇なんてないのです。

松井道夫:1953年長野県生まれ東京育ち。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に11年間勤務。1987年に義父の経営する松井証券に入社。1995年に代表取締役社長就任、現在に至る。

(文責:藤井 雄介)

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