日本公認会計士協会 準会員会

インタビュー
( 経営者・著名人 )

濱野智史氏

~特別インタビュー~

朝日新聞の論壇委員として、社会に対する切れ味鋭い論評に定評がある濱野智史氏。情報環境学者の枠にとらわれず、テレビ新聞雑誌等のメディアで多様な分野の批評を行っている。NHK『NEWS WEB』レギュラー出演時にはアイドルのヲタT(アイドルグッズのTシャツ)を着て出演し話題になったが、ついに2014年6月、自身のアイドルグループ「Platonics Idol Platform」(PIP)を結成。総合プロデューサーに就任した。今回は様々な分野に進出する濱野智史氏に、キャリアや仕事の広げ方について聞いてみた。

■会計についてのイメージについて聞かせて下さい。

 

2011年から千葉商科大学で非常勤講師をさせて頂いているのですが、商科大学というくらいなので会計や簿記が必修なんですね。私は会計士の資格はありませんので、会計のことを教えることはありませんが、最近アイドルのプロデュースを始めたことで、「会計」的なことを意識するようになってきました。

 

会計について考えるときに、企業が重要なファクターになってくると思いますが、これからの日本社会に起こりうる変化として、大企業で働くということはどんどん減ってくると思っています。日本の大企業はどう考えても仕事として効率が悪いです。一番分かりやすいのは電機・製造業ですね。今、日本製のもの使っていますか?ここ数年で、電機・製造業は台湾・韓国・中国勢にあっという間に追いぬかれてしまいましたよね。日本の大企業の意思決定は遅く、資本投下や選択と集中といった重要な意思決定が適時にできていません。確かに、10年、20年前は日本の家電メーカーも絶対安定でしたけど、今は伸びていく気配が無いわけですよね。今まで大企業では経理などの専門部署が会計に携わっていましたけど、これからは、フリーや個人で働く人や数人のベンチャー企業が増えて、会計がより個人にとって身近になっていく状況にあると思います。

 

最近ではITの力を借りると、全く会計の知識が無くても初めから会計のフォーマットに則って、売上の伸び率とか分析までできます。スマートフォンにSquareというクレジットカードの決済装置を取り付けて、Freeeのようなクラウド会計システムを使えば、誰でも自動的に帳簿をつくることができています。そう考えると、規模が小さくて若い企業だったら経理はいらないでしょうね。もちろん会計に限らず、いわゆるデスクワークと言われているものはITに置き換わっていくと思います。帳簿をつけるとか、名簿をつけるとか、連絡をするとか、その手の作業ってITでほとんど自動化できる。まだ日本では、50代、60代の人が仕事として長年勤めているからそういった人たちが職を失ってはいけないという問題がありますけど、それに対して20代ばかりの会社で経理等を全部自動化できるとなると、関連する人件費、年間にして数百万円くらいがまるまる節約できます。むしろ、そういう努力をしないと若手の人たちは食べていけなくなるだろうなって気がしますね。

 

■仕事の広げ方について聞かせて下さい。

 

私は評論家・社会学者だったはずが、最近アイドルプロデュースまで始めていて、最近何の仕事をしている人なのか分からなくなってきているのですが(苦笑)、仕事を「広げている」というつもりは全くなくて、全部「待ち」の姿勢のみなんですよ。自分から広げたことは一回もないです。つまり「営業」をしたことがありません。依頼が来たら、応えるというスタイルを徹底しています。だから私は一切自分から「やらせて下さい!」とか「お願いします!」とか「転職したい!」とかお願いしたことはありません。転職した経験もありますけど、それも人に勧められたからです。全部「受け身」なんですよ、実は。矛盾していますけど、私の場合は仕事の広げ方は全部「受け身」に徹することですね。

 

変な比喩ですけど、例えば、恋愛なら、告白するより、告白された方が優位に立てますよね。向こうがお願いしてきてくれるわけだから、こちらの方が優位にことを運べるわけです。こんな風に言うとなんだか偉そうに聞こえるかもしれませんが、私の場合、仕事の依頼が来たら98%くらいの確率で受けるようにしています。今回の取材もそうです。会計士のことは全く知りませんでしたけど、依頼が来たのでとりあえず受けました。もちろん、依頼が来て、相手や状況に合わせて、事前に勉強して行きますよ。でも、とにかく受け身に徹して、とにかく断らない。そういうスタンスのほうが、仕事の幅も結果的には自然に広がるのではないかと思います。本も全部受け身です。自分からこんな本を書きたいので書かせて下さいって言ったことは一切無いです。そのほうが気楽でいいと思いますよ(笑)。

 

■最初はどうやって仕事を取ってくるのでしょうか?

 

こうやって仕事を広げていったらいいだろうとか考えてしまうと、かえって視野が狭くなる気がするんですよね。自分からは広げていかない方が開花できると思います。自分も気づいていなかった自分の可能性に気づけるし。これが入り口だからここから入るってやると、結局、同じこと考える人がいっぱいいるじゃないですか。すると、4,5年でブームが終わったりしますよね。それじゃ数多いる「フォロワー」で終わってしまう。

それよりも、私の場合は、他の人が全然気にしなさそうな、自分にとってめっちゃ面白いなっていうような、気づいたら「ハッ!もう8時間経ってしまった!」みたいなハマれることを見つけて、全力でひたすら時間と労力をかけますね。仕事を広げることとか全く考えることなく、ガーッとハマって、そこで得た知見を、まだ全然知らない他の人達に伝えるんです。要するに商人と同じで、遠くまでいってスパイスとかを安く仕入れて、持ち帰って高く売る、そういうスタンスのほうがライバルも少ないし、結果的に仕事が広がると思うんですよね。

 

私の場合は、ここ2、3年、アイドルに関する仕事がまさにそうで、最初は別にアイドルを仕事にするつもりは全くありませんでした。ただ、面白いと思ったからハマっただけなんですよ。仕事につなげるための自己投資とか全く考えていませんでした(笑)。「趣味」とかそういうものでもないです。単にひたすら面白いからお金も時間も使うというだけ。私の場合は、趣味と仕事を分けるという感じですらなくて、ただ面白いことをするだけです。でも、面白いことにハマっていると、学習効率もすごくいいですね。めちゃくちゃ経験も知識も溜まっていると感じます。

 

ネット系の人はそういう人が多いと思いますね。おかしな話だと思われるかもしれませんが、大体クライアントに依頼されてからみんな勉強するんですよ。例えば「iPhoneアプリ作りたいんです。」というクライアントが現れて、「やっべ。うち作ったこと無いんだよな。」と思いつつも、ネット全般については自分のほうが詳しいから、実はiPhoneアプリを作ったことが無くても、HTMLや今まで作ったアプリのちょっとした応用で、少し作法が違うだけだから、軽く勉強すると「ああ、いけます!」という風に仕事が進むんです。だから、仕事で頼まれて初めて専門家になる、というような感じですね。私もこの7、8年間、常にそうでした。そもそもインターネット自体毎年新しい技術が出てくるので、「古くからの専門家」「その道の大家」的な存在があまりいないんですよ。始めてから専門家になるだけだから、きっかけがあるかどうかだけなんです。

 

アイドルに関して言えば、AKB48は国民的アイドルと言ってもすごく好きっていう人は100万人くらいでしょうね。とすると、日本の人口の約1%です。その中で握手会にまで行っている人なんてもっと少ないから10万人くらいしかいないかもしれません。人口の約0.1%です。それだけ詳しくて、握手会の面白さとかを知っている人が全然いないから、例えば、接客・サービス業をしている人にAKB48の話をすると「だからウケてるんですかAKB48って!」とかすごく面白がってもらえるんです。そのノウハウは、一見すると「アイドル」というごく狭い世界に留まっているように見えるかもしれません。でも、ファンの10万人やメンバーが真剣に取り組んでいることだから、めちゃくちゃ面白いノウハウが詰まっているんです。AKB48が出来てから7年とはいえ、その話をいろいろな人にするとめちゃくちゃウケます。仕事を広げるというのは、ここでウケてることとは全然関係が無いはずなんだけど、仕事を広げることを狙ったわけではなくただ勝手に仕事が広がっていきました。

 

■今働いている組織(大企業)にとどまるべきか、離れるべきかの考え方を教えて下さい。

 

大企業は意思決定が遅いという話をしましたが、とはいえ大企業の強さってあるんですよ。手堅く回りますしね、手続きが。でも、インターネットの存在は意識した方がいいでしょうね。インターネットが出てきたことによってこの職種は消えるか消えないかって考えるのはすごく大きいと思います。インターネットによって取って代わられないかどうか。また、他の国に市場を奪われないどうか。製造業は他の国の方が安く作れるから厳しいですね。営業やサービス業といったコミュニケーションが必要なものは日本語で守られているので逆に消えません。もちろんアメリカだったら、世界中で使われている英語を使う分、サポートセンターなどはインドの安い労働力との競争にさらされてしまいます。ただ、日本のサポートセンターでもインターネットを通じて自動的にテキパキサポート出来る仕組みができたら厳しいでしょうね。そう考えるとICTには敏感であるべきだと思います。人間的な判断が入り込まないところであれば今のところ有利ですが、クラウドソーシングの走りとして「Amazon Mechanical Turk」というサービスがあって、ネット上にいる何万人にあるものを見せて「これはひよこです。」といったことを人間に判断してもらう。判断するのにワンクリックすると5セント入るといった形で、一日中クリックしているだけでいくらか稼げるわけです。むしろ人間が機械のような仕事をしていくわけですね、インターネットを介して。

このように、相当高度でクリエイティブな仕事でもない限り、ITに取って代わられて消えていく可能性があります。また、グローバル化をインターネットが可能にしてしまうので、それに影響される職業だと厳しいかもしれません。逆にそういう単純労働を駆逐しようとしている仕事につくほうがエキサイティングだと思います。あとは、組織の暗黙知というか職人芸が求められるような分野ですね。自動車なんかは複雑なプロダクトです。自動車は部品間の相互依存性が高いからエンジンチームとシャフトチームが摺り合わせをするという議論を2、3年します。そういうねばっこい議論をするのは日本の組織は得意だから、自動車は強いです。でも、これも電気自動車が出てきてどうなるか分からない。部品数も少なく作れるからです。

 

■若い時に何を身につけると良いでしょうか?

 

社会人一年目の方に向けてですよね。「ほうれんそう」とかそういうことでしょうか。うーん、なんだろうな、とりあえずメモはした方がいいと思います。GTD(Getting Things
Done)というんですが、ライフハックの一つで、その日やらなければならないタスク(ToDo)を紙などにばーっと書き出しておきます。なぜかというと、常に意識していられる情報というのは、人間はすごく少ないんです。認知科学によれば、一度に認識していられる記号はせいぜい7つとかそれくらいです。だから、いつ忘れてもいいように紙に書いておいて、終わったら潰していくようにする。これは大事ですね。自分は記憶できないということを前提に仕事をするというのが大事かなと思います。自分の記憶を信用しすぎないという仕事の仕方を覚えるのは、大事なことだと思いますね。

 

■社会人としての時間の使い方について教えてください。

 

私は適当だからなぁ。朝6時に起きてカフェで勉強とかしたことありません。朝一時間早く起きてマックで、みたいなのは、絶対無理。それ単なる意識高いアピールでしょと思ってしまう怠惰な人間です(笑)。

私がいいたいのは、「楽しいことをひたすらやれ!」、これですね。つまらないことをやるなみたいな。最近はゲーミフィケーションと言うんですけど、例えば英語であれば英語をゲーム的に勉強するアプリがたくさん出てきていて、その他にも外国人に自分の文章を採点してもらうこともあります。他にも、フィリピンの人と英語で話すというのが割と安くできて可愛い先生がいるので、話してて楽しいんだそうです。ちょっと他の先生より高いらしいですけど(笑)

時間の使い方というよりは、先程もいいましたが、ひたすら楽しいことや好きなことをすることに時間を費やす方がいいんじゃないでしょうか。私は全部そうやってきました。どうせ人は死ぬんだし、面白いことをした方がいいです。アメリカのゲームデザイナーのラフ・コスターという人が、何故ゲームは面白いのかということを考えた本があるのですが、そこに書いてあったのは、人間は学習する動物だからゲームにハマるのだ、と。人間というのは本能に従って生きている動物ではありません。人間の場合は砂漠にも適応できるし、寒いところにもいけるし、どこでも住めます。なぜかと言うと本能だけじゃなくて、脳が発達していて、言葉や意識や理性があるからです。それによって環境を把握して、ああこういう時はこう来るんだっていうのを判断して知識として言語にして仲間や後世に伝えることができる。つまり、学習することで適応能力を高めています。だからこそ学習して成果が出ると、脳内物質が出て気持ち良くなる。「君が学習した成果は正しかったよ、良かったね。だから本読めばいいよ。」「ほらやっぱりこうしたらこう来たよ、次こうしよう」とフィードバックがかかるわけです。そうやって人間は生まれつき学習が気持ちいいと感じるように生まれているんです。

だからゲームは面白いわけです。何故かというと学習する喜びがめちゃくちゃ揃っているからなんです。何でもいいんですけど、たいていゲームというのは、だんだんうまくなっていくようにバランス調整されています。修行しているようなもので、ああやっぱこう来たからこうで、こう来たらこうっていうパターンを覚えて学習していく。自分がうまくなっていく感覚がすぐに味わえるので、ゲームは面白いんです。人間にとって本能的に喜びを与えるものがあるからですね。同じ理屈で考えると、勉強って、本来はすごく楽しいはずなんですよ。いわゆる日本の知識詰め込み型は楽しくないですよね。ただ押し付けられて「この知識役に立つか分かりません」みたいになる。確かに全部が全部は役に立たないわけですよ、普通はね。もしかしたら、何かしら役に立つかもしれないからって教えているわけですけど、本来人間にとって勉強って楽しいはずなんです。

私はだから、楽しいことしかしなくていいと思います。だって人間の本能上そうできているはずですから。楽しいなぁと思うことであれば、時間経つのも忘れますよね。時間経つのも忘れるくらい集中して勉強できることのほうが他人と差別化できるし、結局それは他の人から見たら価値があるということでいいんじゃないでしょうか。

 

私は楽しいことだけやって来た適当な人間だから、若い人に偉そうなことは言えませんけど、今の時代は楽しいことだらけで、それに集中して取り組むことができる幸福な時代ではあるんですよね。梅田望夫さんと羽生名人との対談で「インターネットは学習の高速道路」という言葉があったのですが、確かにそういう側面はあります。今までだったら大学に入って、その先生のもとで、例えばフランスで学んだ知識や極意を聞いて学んでいくというような勉強の仕方しかありませんでした。つまり、勉強するというハードルがすごく高かったけれど、今やハーバード大学の授業でもインターネットを通じて見られるので、無理に東大とか行かなくてもいいようになっています。もちろん生でしか伝わらないことはあるんですけど、とはいえ、表面的な知識だけだったらいくらでも世の中にあって、あとは集中して勉強できる時間と方法論だけ得られれば、昔よりははるかに楽に学ぶことができる。だから、楽しくて集中できることを見つけることからまずは始めればいいと思いますね。

■略歴

 

濱野智史 :1980年生まれ。評論家、情報環境学者、アイドルプロデューサー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論・メディア論。千葉商科大学商経学部非常勤講師、恵泉女学園大学非常勤講師として教鞭をとる傍ら、2014年6月に「アイドルを作るアイドル」をコンセプトとしたアイドルグループ「Platonics Idol
Platform」(PIP)を結成。PIPの総合プロデューサーとしても活躍中。主な著書に『アーキテクチャの生態系』(NTT出版)、『前田敦子はキリストを超えた-〈宗教〉としてのAKB48』(ちくま新書)など。

 

一覧へ